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<Web ちゃっきりむし 1975年 No.21〜25>

● 目 次
 《新著紹介》 福田晴夫著 「チョウの履歴書」 (No.21-1)
 《新著紹介》 H.L.LEWIS著 「Butterflies of the World」 (No.21-2)
 清 邦彦:本栖高原の初夏 (No.22-1)
 《新書紹介》 「静岡県の自然 春の植物」 (No.22-2)
 郷土の昆虫展について (No.23)
 郷土の昆虫展」を開催 (No.24-1)
 小笠山自然保護連盟への加盟について (No.24-2)
 平井克男:昆虫雑記 (No.25)

 ちゃっきりむし No.21-1(1975年1月20日)

  《新著紹介》 福田晴夫著 「チョウの履歴書」

 著者福田晴夫は鹿児島で高校の教師をしておられ,日本ではもっともすぐれたチョウの生態研究家の一人である.ことに迷蝶,中脈を食べ残すタテハチョウ類の幼虫の習性,あるいは「なわばり」など成虫の習性などの分野でいくつかのすぐれた論文を発表しておられる.

 このたび発行された「チョウの履歴書」は,ただチョウの生活史が述べられているだけでなく,高校生時代からの著書の生態研究の「履歴書」でもある.この本は「自然の記録シリーズ」の1冊として,小学校の児童をも対象としたものであるが,全体を流れる平易な文体の中に高度な内容が含まれていて,各所に著者のするどい観察眼と「異常」なまでの粘り強さをうかがい知ることができる.

 序章では,フィリピンのジャングルの中で2種のジャノメチョウ(ウスイロヒメヒカゲとシマジャノメ)が,この科のチョウが単子葉植物(イネ科,カヤツリグサ科,タケ科,ヤシ科,バナナ科など)しか食べないというこれまでの常識を破って,シダ植物のイワヒバの1種を食べているのを発見した驚きと感激,第1章では高校生時代のサツマシジミの食草発見にはじまり,タテハモドキの北進やタイワンツバメシジミのふしぎな周年経過のこと,第2章ではチョウの「なわばり」,成虫の食物のことなど,第3章ではスミナガシ,イチモンジチョウ類,ミスジチョウ類の幼虫の特異な習性,第4章では南方から日本に渡ってくる迷蝶についてのいろいろな問題がとりあげられている.

 チョウの生態に関心をもつ人にはぜひおすすめしたい本であるが,著者もその一部を担当している「原色日本昆虫生態図鑑V<チョウ篇>(保育社)を参照されるとその内容がいっそうよく理解できるものと思われる.
〔誠文堂新光社,1974年11月30日第1版発行,272ページ,\980〕
 (高橋真弓)

 ちゃっきりむし No.21-2(1975年1月20日)

  《新著紹介》 H.L.LEWIS著 
       「Butterflies of the World」

イギリスのライオネル・レベンサル社よりButterflies of the Worldという図鑑が発行されました.著書(H.L.ルイス)は勤務のかたわら世界各国で蝶を採集して大英博物館に寄贈した人です.

 A4版,カラー208図番と解説よりなる本で,ヨーロッパ,北アメリカ,南アメリカ,アフリカ,インド,オーストラリア,アジアの6地域に区分され,代表的な種が5000余種,6000頭に近い種が図示されています.巻末には学名,英名,分布,食草,亜種名,近似種名,それらの分布などが簡単に解説されています.この図鑑にはセセリチョウ科などの小型種も多く図示されていて,どの地域にどんな種が分布しているかというのを知るには大変役立つと思います.種の単位で外国の蝶を同定するのは近似種がある場合にはできませんが,属程度ならいちおうの見当はつくように思います.またひまなときに眺めているのもよいもので,なにかその地域に採集に行ったような気持にさせてくれて楽しい本ということができます.
 なお,日本語版が近く保育社から出版されることになっています.〔定価12000円〕
(諏訪哲夫)

 ちゃっきりむし No.22-1 (1975年3月20日)

  本栖高原の初夏 清 邦彦

 富士西北麓の本栖高原は,富士山麓の中でも最も富士山らしい蝶相をもつといわれている.本会では1964年から,それまでは夏季に行われていた採集会を蝶の幼虫を主とする野外観察会として,毎年初夏6月上旬を中心に10年もの間調査を続けてきた.その結果,毎年のように新知見が得られ,また初心者の指導の上で大きな役割をなしてきたと思う.そろそろ観察地域の変更を考える時期に来ているとも思うが,反面,まだ発見される可能性のある幼虫も多い.ここで10年間の成果をふり返り,今後の観察会を考える資料としていただきたい.

 毎年確実に見られるものは,アサマシジミ,ミヤマカラスシジミ,ホシミスジの幼虫と,ヤマキチョウの卵である.初期の頃はカラハナソウにクジャクチョウの幼虫が群れをなし,その上を寄生蝿が飛び回っている光景に驚きの声をあげたりしたものだが,近ごろは姿を見なくなった.一方では,セセリチョウ科幼虫の発見技術が進歩し,コキマダラセセリ,キマダラセセリ,ホシチャバネセセリなどがよく見つかるようになり,ヘリグロチャバネセセリも発見された.アカセセリなどの発見も期待される.また,タイアザミやヨモギからヒメシジミの幼虫を,ナンテンハギ以外のミツバツチグリ(例外的)からアサマシジミの幼虫を見出すなどの成果も得られている.以下,観察会で得られたものをあげておきたい.

〔セセリチョウ科〕チャマダラセセリ<産卵行動>(ミツバツチグリ),ギンイチモンジセセリ<卵・幼虫>(ススキ,オオアブラススキ),ホシチャバネセセリ<幼虫>(オオアブラススキ),コキマダラセセリ<幼虫>(ススキ),キマダラセセリ<幼虫>,ヘリグロチャバネセセリ<幼虫>(イネ科SP.).

〔アゲハチョウ科〕キアゲハ<幼虫>(ノダケ).

〔シロチョウ科〕ヤマキチョウ<卵・幼虫>(クロツバラ),スジボソヤマキチョウ<幼虫>(クロツバラ),モンキチョウ<卵>アカツメクサ.

〔シジミチョウ科〕ミヤマカラスシジミ<幼虫>(クロツバラ),トラフシジミ<卵>(ウツギ),ヒメシジミ<幼虫>(ヨモギ,タイアザミ),アサマシジミ<幼虫>(ナンテンハギ,ミツバツチグリ).

〔タテハチョウ科〕コミスジ<卵>(ナンテンハギ),ホシミスジ<幼虫・蛹>(シモツケ),クジャクチョウ<幼虫>(カラハナソウ).

〔ジャノメチョウ科〕ジャノメチョウ<幼虫>(ススキ).

 ちゃっきりむし No.22-2 (1975年3月20日)

  《新書紹介》 「静岡県の自然 春の植物」

 このたび静岡新聞社から「静岡県の自然」と題する一連の出版物が発行されることとなり,その第1回目として「春の植物」という本が発行された.この中には身近に目にふれることの多い植物(種子植物とシダ植物)100種についての解説が含まれているが,さらに続刊の夏および秋・冬の植物が各100種,あわせて300種が登場することになっている.著者は,黒沢美房,近田文弘,斎藤全生,杉野孝雄,杉本順一,戸田英雄の6氏で,いずれも静岡県第1級の研究者である.  内容は,静岡県の植物,浜辺の植物,水辺の植物,路傍の植物,野原の植物,山の植物,それに巻末には静岡県の天然記念物(巨木 老木 名木,農産物の原木,群落と社叢)についての簡単な解説がある.

 記述は平易で,和名の起源などについてもふれており,専門外の人にもわかりやすいが,近縁種との識別点にもふれているので,より深く知ろうとする人にも参考になる.全体を通読すると,静岡県の植物相の特徴をある程度知ることができると思う.なお,この本の中に出てくる植物のうち,蝶の食餌植物となっているものとしては,ワサビ(スジグロシロチョウ),タネツケバナ(ツマキチョウ),ヤナギ(類)(コムラサキ),スイバ(ベニシジミ),シロツメクサ(モンキチョウなど),カタバミ(ヤマトシジミ),オオバウマノスズクサ(ジャコウアゲハ),ヨモギ(ヒメシジミ),スミレ(ヒョウモンチョウ類),ガマズミ(コツバメ),ハコネウツギ(イチモンジチョウ),ヤマザクラ(メスアカミドリシジミ),ミカン(アゲハなど),マンサク(ウラクロシジミ),サンショウ(アゲハなど),フジ(コミスジ)などがある.〔A5.254pp.750円〕
                  (高橋真弓)

 ちゃっきりむし No.23 (1975年5月31日)

  郷土の昆虫展について

 昨年の「駿河の昆虫総目次(No.1〜80)」の発刊に引き続いて,ことしは本会の20年以上にわたって集積された成果を発表する行事として,標本,写真,その他の資料などの展示を計画しました.

展示内容は,単なる標本のコレクションではなく,静岡県とその周辺地域のものを主体として,昆虫標本などの資料を,照葉樹林帯や高山帯のような植物帯,あるいは森林,草原,耕作地のような植生と関連づけた配列をすることを考えています.また,いろいろなハチの巣や生きた昆虫なども展示し,一般の方々にも親しめる展示を考えております.

以上の趣旨をもって,運営委員が目下準備中です.会員の皆様にいろいろとご協力をおねがいいたします.とくに,郷土の昆虫の生息地の環境写真(白黒),なるべく蝶以外の昆虫標本,昆虫の食草のおし葉標本などお貸しいただけたらと思います.

運営委員:北条篤史,杉本武,諏訪哲夫,清邦彦
開催予定日:'75年7月31日〜8月4日
開催場所:松坂屋静岡店8階
展示会連絡先 北条篤史

 ちゃっきりむし No.24-1 (1975年8月10日)

  「郷土の昆虫展」を開催

 静岡昆虫同好会では「郷土の昆虫展」と題して,松坂屋静岡店で7月31日〜8月4日の5日間,展示会を行いました.最近自然保護の声が高いなかで展示会を行うことは単なるコレクションを競うといった誤解をまねく恐れがあるといった意見もあって,すぐには実現されず,やっと今年開催ということになりました.静岡昆虫同好会が23年にわたって調査・研究してきた成果を発表すべく計画したものの,費用,スペースなどの点でかなりの後退をよぎなくされました.

 今まで多くの展示会がありましたが,一般に外国の珍しい種を多量に出品して「きれいだ」とい印象のみで受けていたものもかなりあったように思われますが,こういったものとくらべて多少はかたくなってしまうかも知れないが,昆虫とその生息環境を主題として展示を行ないました.その内容は,蝶に関しては,生息環境を高山と亜高山,温帯林と暖帯林,湿性草原と乾性草原および河原,耕作地と人家周辺に分けてパネル,写真で解説し,それぞれの環境にすむ蝶を展示しました.そのほかにはアゲハ類の生きた幼虫,ジャコウアゲハのウマノスズクサへの産卵,生きた直翅類,ハチの巣などの展示も行いました.夏休みとあって子どもづれの家族の人々の見学が多く,多少は皆さんのご参考になったと思っております.なお,本展示会開催にあたり,いろいろと便宜をおはかり下さった松坂屋静岡店の宣伝課およびご協力下さった会員の方々にあつくお礼を申しあげます.
                         (諏訪哲夫)

 ちゃっきりむし No.24-2 (1975年8月10日)

  小笠山自然保護連盟への加盟について

 南遠地方の小笠山は,静岡県の暖帯地方では数すくない原生林が残され,動植物の分布上注目すべき場所として知られています.このたび小笠山の稜線に沿って掛川と大須賀とを結ぶ「小笠山縦貫道路をとおす計画があり,この道路の建設により,この小笠山に残された自然の破壊が憂慮されています.これに対して「野路の会」の提唱で上記の連盟が結成されることになり,遠州の自然を守る会,日本野鳥の会,掛川草の友会,蟲藻会などの会とともに本会もこれに加盟することが3月,本会の総会で決定されました.道路をとおさないことにするのか,それともとおすにしても経路をどのように変更するかなどについては,今後の県や掛川市当局との話しあいの中できまるものと思われますが,本会としては小笠山調査の実績がまだほとんどないので,これを機会に積極的に小笠山に出かけて基礎的なデータを集積したいものです.
(高橋真弓)

 ちゃっきりむし No.25 (1975年10月31日)

  昆虫雑記 平井克男

 安倍川流域一帯の調査をはじめてこの地域よりなかなかぬけきらないでいます.裏をかえせば,それだけ魅力のあるところなのです.

 本年は十枚山でネキダリスを,昨年は大谷嶺でタニグチコブヤハズカミキリを一昨年はヒメヨツスジハナカミキリをといった具合にカミキリムシだけでも手が抜けない.甲虫類のあらゆる仲間に手を出しているのでシーズン最盛期はまったく忙殺されてしまう.石の下,獣糞,キノコ,樹の幹,伐採木,倒木,樹液,花,木の新芽,燈火などのポイントに十分注意をしなければならない.しかしながら,採集品の中にとっさに同定できないようなものがあれば疲れもすっとんでしまう.副産物なんていうと目をむく人もあるかもしれないが,甲虫類調査で手のあいた時は蝶を採集し,親友に贈呈している.でもときどきその副産物の中にミスジチョウがいたり,クモマツマキチョウがいるのでこちらも驚かされる.安倍川流域のカミキリムシについては相当調査されてきているので,それから感ずることは,開発がこれほど進んでいないでよく自然が残されていた戦前の安倍川流域はどんなに豊富な昆虫相であったろうと想像される.安倍川源流地域の大井川水系からの影響がよく論じられているがその要素は戦前のそれと比較すると,現今はおそらく源流地域だけかろうじて残されていると断言できよう.伐採がどんどん進みスギ,ヒノキなどの針葉樹の人工林(単純林)となってしまえば昆虫も種類豊富に生息は不可能となる.我々にとってあまりおもしろみのない状態になってしまう危険性が十分ある.自然のバランスを大きく崩さないで維持されていってほしいと思う.

 地球上に住んでいる動物は約120万種といわれその2/3の80万種が昆虫類といわれている.この昆虫類の中で甲虫類(鞘翅目)がもっとも多く,世界で25万種が知られ,蝶蛾類(隣翅目)の14万種を大きく引き離している.静岡昆虫同好会に甲虫屋が多くても不思議はないのだが蝶屋の方がはるかに多い.今後一人でも甲虫屋が多くならんことを念じてペンを置きます.