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＜Web ちゃっきりむし　1980年　No.41～45＞

●　目　次
　北条篤史：静岡県周辺の蝶・謎の記録　6―山梨県のオオルリシジミ―　(No.41)
　諏訪哲夫：静岡県周辺の蝶・謎の記録　7―安倍奥山伏岳のミヤマシロチョウ―　(No.42)
　平井克男：夜間採集余話　(No.43)
　鈴木英文：クロコノマを捜そう　(No.44)
　髙橋真弓：静岡県周辺の蝶・謎の記録　8－毛無山のヒメギフチョウ―　(No.45)

　ちゃっきりむし　No.41（1980年1月30日）

　　静岡県周辺の蝶・謎の記録　6
　　　　―山梨県のオオルリシジミ―　北条篤史

　山梨県におけるオオルリシジミの採集記録は公式には現在のところ知られていない．過去に本種を採集したという噂を耳にしたことがある．なかでも"京浜"の柴谷肇一翁から直接うかがった話は真実味があった．日野春，穴山付近で御本人が採集されたというお話しであった．

　私は早速6月上旬に日野春，穴山一体を調査した．その日は天候に恵まれ，クララの花もあちこちに咲きほこり，申し分のない日であったが，本種は見られなかった．のちに時期は6月では遅く5月下旬だったと思うといわれ、翌年5月20日すぎに出掛けた．今度は長坂から日野，日野春と歩いたが，やはり本種の姿は見られなかった．とくに日野と日野春の池のぐるりにはクララの見事な群落が花をつけていただけに残念であった．クララの蕾にはルリシジミの卵がいっぱいついていた．

　山梨県にはオオルリシジミは分布しないのであろうか．山梨に近隣な分布地は諏訪の平石山だろう．この山に蝶相が似ている山が山梨県にはないだろうか．まったく似ているわけではないが，茅ヶ岳がやや似ている．山梨でオオルリシジミの可能性があるとすれば，茅ヶ岳の山麓地帯であると私は思う．長野県の伊那谷や姨捨駅のような人里環境は山梨では無理だろう．むしろ茅ヶ岳のような自然環境の谷の方が山梨では有望といえるかも知れない．

　ちゃっきりむし　No.42（1980年3月1日）

　　静岡県周辺の蝶・謎の記録　7
　　　　―安倍奥山伏岳のミヤマシロチョウ―　諏訪哲夫

　1970年7月，私は静岡市（旧井川村）小河内の県営林の小屋に1週間ほど泊りこんで仕事をしていた．7月18日は山伏岳の西斜面1400m付近を測量していたがこのあたりにはヤマキマダラヒカゲが多く，これに混じって落葉広葉樹の林にはエゾミドリシジミやウラキンシジミなども見られた．午前中の仕事も終え，人夫や同僚たちと談笑しながら昼食をしていると，白い蝶がうしろから視界のすみを横切り私の前方10mほどのかん木の茂みの向こう側に消えた．この間わずか2～3秒のできごとであった．この白い蝶の飛び方はゆったりとしていて，Pieris属のものでないことは確実であった．とするとウスバシロチョウかミヤマシロチョウのどちらかであるということになるが，ウスバシロチョウにしてはあの後翅をおとしたような飛びかたには見えなかったので，ミヤマシロチョウであったという可能性が高くなる．

　ミヤマシロチョウは大井川上流には広く分布し，個体数も比較的多く，標高約1000mの中ノ宿付近まで分布している．また寸又川上流の柴沢付近に古い記録があるほか，この山伏岳にごく近い安倍峠で1959年8月4日に1♂が採集されている．山伏岳は安倍川流域の最高峰2014mで，北へは南アルプスに連なり，この山系におけるベニヒカゲの南限ともなっていることなどからみて，ミヤマシロチョウが生息している可能性はかなりあると思われる．

　1978年5月26日，私は食草の分布調査のためにこの山の東側から登ってみた．しかし残念ながら調査した範囲では食草を発見することができなかった．成虫を目撃したのは西側斜面であり，北東斜面と西斜面では植生も異なっているので，今後は西側～北側の斜面を中心に調査する必要があると思われる．

　ちゃっきりむし　No.43（1980年7月30日）

　　夜間採集余話　平井克男

　"飛んで火に入る夏の虫"とは昔からいわれてきた諺ですが，夏も近くなりむし暑くなる頃，夜間採集に出歩く機会が次第に多くなってきます．夜間採集に最適なのは，風がなく月が出ていないむし暑い夜で，昼間お目にかかれなかった昆虫に出会えるため，とくに甲虫や蛾に狂っている人にはまたとないチャンスです．1975年の5月初め，この時期としては比較的暖かな一日でした．

　夕食後，家から自転車で静岡市小坂まで夜間採集に出かけました．夜間採集にはいくつかの方法があるのですが，この時は山間にある灯火を自転車で見まわるという，単純で電源はまったく他力本願という虫のいい方法であったわけです．事業所がありまして，周囲はまったく暗く，2個の蛍光灯が明るく輝いていました．カブトムシ1♀とチャボヒゲナガカミキリ1♂が採れ，こんなに早く現われるものかななどと考えたりしていると，ほどなく1台の車がとまり，車から二人の男の人が降りて私のところにやってきて，いろいろと様子を聞くのです．"君はここで何をしているんだ"，"どこから来たんだ"と何ごとだろうと思っていると，彼は私服の警官だったのです．いろいろと聞かれ，あぶら汗を流し，ポケットに入れていた毒びんを出して弁解につとめたんですが，なかなか理解してもらえず，しばらくしてからようやく解放されました．この辺の事業所に最近よく空巣が入り盗難があるという話でした．白いネットを持って採集している姿は，他人からは安心して見えるようですが，手ぶらでゴソゴソと草むらをさがしたり石をおこしたり灯火を見まわったりするさまは不審に思われるかも知りません．またある時，昼間ネットをつけない竿を持って沢筋を歩いていたら，"ここは禁漁区だ．何をしている"とお叱りを受けたこともありました．白いネットを持ち歩いていると，人からは安心して見えることだと，つくづく感じたわけです．

　ちゃっきりむし　No.44（1980年10月20日）

　　クロコノマを捜そう　鈴木英文

　かつてクロコノマはそれほど珍しい蝶ではなかった．私が中学生のころの1962～63年の頃のことである．私が通った中学校の裏山である谷津山やその麓の護国神社などは我々生物部のフィールドとして毎日のように歩きまわっていた．そして9月から10月にかけてクロコノマはけっこう見ることが出来，幼虫採集さえも可能なほどであった．

　しかしもっと前，1954年以前には県内ではきわめて珍しい種の一つであった．それが，1955年の大発生から62年にかけて急速に分布を拡大し、私が採集していた頃は，ちょうどそのピークであったことが｢駿河の昆虫｣のバックナンバーや，高橋真弓氏の書かれた報文などから知ることが出来る．

　この間に大井川上流の東河内や赤石度のようなところまで進出した個体などは，さしずめモスクワに迫るナポレオン軍のようだったのかもしれない．そしてこの伸び切った補給線は，1962年から63年にかけての冬将軍によってかなり手痛い打撃を受けることになり，以後1970年にかけて戦線縮少の一途をたどることになった．

　静岡平野周辺の護国神社，臨済寺，用宗の赤坂神社などの神社林を根拠地とした小さな集団は，この間に次々と姿を消してしまい，わずかに残ったのは，大井川の家山や藁科川の坂本のように，この蝶の好む雑木林がかなり広く残されている谷合いの分布地だけで，ここにかっての主力の一部を温存出来たにすぎなかった．

　こうして1971年から小康状態を保っていたクロコノマが，去年あたりからまた再起のきざしを見せはじめたようである．というのは，去年の秋にはわずかながら静岡平野周辺の神社で採集されたという声が聞かれはじめたからであり，そこへもって去年から今年にかけての暖冬により，この冬をのり切った個体はかなり多かったことが予想できる．

　今年の秋は1955年の再来となる可能性は大いにありそうである．そこでかって記録のあった神社林などを，シラミつぶしに歩いてみることをおすすめする．そしてもし採集したらさっそく「駿河の昆虫」に報告してもらいたい。もしそこで，ここ数年採集記録がなかったなら，たとえ過去に採れたことがあったにしても，新記録としての価値は十分にあるものと思われる．

　幸い同好会でも10月26日の秋の採集会には「静岡市周辺のクロコノマ調査会」とする予定である．多くの方々が参加され，かつてのようなクロコノマの調査報告が「駿河の昆虫」誌上をにぎわすことを期待する．

　ちゃっきりむし　No.45（1980年12月20日）

　　静岡県周辺の蝶・謎の記録　8
　　　　－毛無山のヒメギフチョウ―　髙橋真弓

　1964年春，私は山梨県の櫛形山の山麓でクモマツマキチョウの調査を目的にある谷すじで採集していたが，目的の蝶は見つからず帰りかけようとしていたとき，山梨県の出身であるという一人の登山者に出会った．この人は以前に蝶の採集をしていたとのことで，私にいろいろと蝶のことについて話しかけてきた．そしてその話には何となく真実性があるように感じられた．

　その中のヒメギフチョウに関することは，つぎのとおりであった：
①ヒメギフチョウは，以前には櫛形山の山麓にいくつかの産地があって，その中の一ヶ所では今でも生き残っていること，②天子山脈の毛無山にもヒメギフチョウが分布しており，山梨県側の斜面で発生していること．

　私は，その翌年の5月上旬に，この人に教えられたとおり①の地点に出かけ，ここに極少ないながらヒメギフチョウが発生していることを確認した．そこで，②を確認するために，1965年と1968年の5月上旬に問題の毛無山に登山した．

　この山は静岡・山梨県境を南北に走る天子山脈の主峰で海抜1945Mもあり，頂上付近には疎林と草原があって，いかにもヒメギフチョウが飛び出しそうな雰囲気がある．いずれの場合も，静岡県側の麓部落から登山し，1965年の場合は山梨県側へ，1968年には静岡県側に下山した．この2回の調査は，いずれも天候に比較的恵まれ，尾根すじではミヤマセセリの飛ぶのが見られたほどであったが，ヒメギフチョウはまったく発見されず、すくなくとも私の歩いたコースには食草のウスバサイシンも分布しているようすは見られなかった．期待した山梨県側の斜面は広範囲に伐採され、ヒメギフチョウが生息するにはとうてい無理のように思われた．

　以上の調査から，今のところこの毛無山にヒメギフチョウが分布する可能性はあまり無さそうに思われる．しかし，毛無山は大きな山で，大部分の地域は未調査のまま残されている．ことによると，どこかの沢にウスバサイシンが分布していて，ここにヒメギフチョウが発生していることを，まったく否定できないような気もする．そして，北方の御坂山脈から，この天子山脈の竜ヶ岳を経て毛無山に分布を延ばしていることを信じている人がいても不思議ではないように思われる．いずれにしても，この難問題に挑戦する人の現れることを大いに期待する次第である．