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<Web ちゃっきりむし 1984年 No.59〜62>

● 目 次
 諏訪哲夫:蝶類食草見本園を閉園 (No.59)
 鈴木英文:スギタニルリシジミ第四の食樹 (No.60)
 北條篤史:香港の蝶 (No.61)
 高橋真弓:短報のすすめ (No.62)

 ちゃっきりむし No.59 (1984年2月1日)

  蝶類食草見本園を閉園 諏訪哲夫

 1976年12月,静岡市矢田の日本平北西麓にある県立文化センター(県立中央図書館)の敷地内に,多くの本会会員や県立中央図書館の御理解と御協力により造成した蝶類食草見本園は1983年12月を持って終了することに決定しました.

 県は県立美術館を建設するためにその用地を市の中心にある駿府公園内の一角に決定し,事前調査したところ,予定地より中世の今川家の屋敷跡と見られる遺跡が大規模に出土し,将来これは保存すべきものであるとされたため,美術館の用地を別の場所に変更を余儀なくされ,昨年の県会で県立文化センター敷地内に最終決定しました.これにともない食草見本園がその用地の一部にかかるために継続できなくなったわけです.

 食草見本園にはクスノキ,カラスザンショウ,クヌギ,ハンノキなどの高木やシモツケ,ユキヤナギなどのかん木,ウマノスズクサ,カワラケツメイなどの草本をはじめ,蝶が極めてよく吸蜜に来るブッドレアなど40種以上の植物を植栽しました.植栽当初はススキ,オオアレチノギク,ヘクソカズラなどのいわゆる雑草が繁茂し,草取りなどの管理が大変でしたが7年を経過した現在,苗木だったクスノキは樹高6〜7mにもなって,オガタマノキと並んで照葉樹の森といった感じになり,またクヌギはもう立派な雑木林を造るほどになりました.

 この食草見本園の食草を利用してどの程度の蝶が発生したのか詳細はわかりませんが,卵,幼虫,成虫が観察された主な種はアオスジアゲハ,アゲハ,キアゲハ,クロアゲハ,モンキアゲハ,スジグロシロチョウ,ツマグロキチョウ,アカタテハ,ルリタテハ,キタテハ,メスグロヒョウモン,サトキマダラヒカゲ,ヒカゲチョウなどで,これらの他にこの地域では絶滅したと思われていたミズイロオナガシジミが20数年ぶりに確認されたり,静岡市近郊には分布していないホシミスジが採集されたなどの成果もありました.7年がたちやっと樹木やかん木がその本来の姿ができて,全体としては「蝶のいる環境」「蝶の飛ぶ環境」にちかづいたように思われた矢先,今ここで終わるのは誠に残念でありますが事情やむ得ないことですので仕方かありません.もし機会がありましたら今までのことを踏み台にしてこのような企画を再び計画してみたいとも思っております.

 なお,末筆ながら造成のための資金をご寄付いただいた方々,植栽や草とりなど労力を御提供下さった方々,また食草見本園造成の計画に御理解をしていただいた県立中央図書館の方々には心から感謝の意を表する次第です.

 ちゃっきりむし No.60 (1984年6月1日)

  スギタニルリシジミ第四の食樹 鈴木英文

 ここ数年の間に静岡県と山梨県の南部において,スギタニルリシジミの記録が続々と出てきた.はじめはトチノキのあるところで採れていたのが,ここ2〜3年はトチノキのないところでの新記録が主になってきた.ミズキが見つかったところでは,ミズキを食していると考えられるが,これも見つからない場所では何を食しているのだろうか.

 スギタニルリシジミの食樹として,いま一つ記録されているのはキハダであるが,当地域ではキハダの開花期がスギタニルリシジミの羽化時期より大分遅れるようだ.

 では第四の食樹がもしあるとすれば,何が考えられるだろうか.この時期に花が咲いている木には次のものがある.キブシ,アセビ,クロモジ,カエデ類で,この中でクロモジとカエデ類は,ちょっとルリシジミの食樹とはなりそうもない.

 まずキブシは,成虫がよく吸蜜にくる花で,かなり執着心があり,なかなか飛び去らない個体がある.ただし産卵期には大半の花が散り,実が少々の頃っているだけで,ちょっと花期が早すぎるようだ.

 アセビはコツバメの食樹としてよく知られ,コツバメはスギタニルリシジミと同時に見かけることもあるが,アセビはその成育状態から見て,比較的乾燥した場所を好むから,スギタニルリシジミの産卵する植物としては問題があるかもしれない.

 ニワトコの穂状の花は,何となくルリシジミ類が好みそうに見えるが,その近くを成虫が飛んでいるのを見たことがないし,見たという話も聞かない.

 この三つの中に本命があるのだろうか.どれも少しずつ問題があるが,あえて順位をつけるなら,キブシ,アセビ,ニワトコの順である.しかし振り返ってみてもっとも可能性のある答えは,採集者がトチノキやミズキ,特にミズキがあるのを見落している場合である.

 ともあれ,静岡県と山梨県南部では,スギタニルリシジミの採卵,採幼の記録をほとんど聞いたことがないので,その辺からもう一度やり直してみる必要があるだろう.

 ちゃっきりむし No.61 (1984年10月1日)

  香港の蝶 北條篤史

 私は1981年3月から1984年3月までの3年間,香港に在住しました.仕事の関係から休日も少なく,蝶の調査を行う時間はわずかなものでしたが,多少の成果を得ました.今回はごく簡単に香港の蝶をご紹介します.

 香港には約200種類近くの蝶が生息しておりますが,香港固有の蝶はおりません.90%以上が中国大陸の蝶であり,そのほかはフィリッピンを中心とした東南アジアからの蝶です.これは香港に住む民族と大変よく似ています.

 さて,香港における蝶の採集地として大きく地区を分けますと,香港政府のある香港島,中国大陸の一部である九龍,新界地区,そして香港最大の島である大嶼山島となります.そしてこの3地区の中でもっとも蝶の多いのは新界地区です.新界地区の中でも,西貢地区,大哺地区には自然保護区があって,豊かな森林が残っており,道路の整備はよく,治安も安全です.アゲハチョウ科の各種,ルリタテハ,ウラキマダラヒカゲ,ヒカゲチョウ属各種,ムラサキマダラ類の各種,そしてトンボ類も大変多い地区です.ここへ行くためにはホテルを九龍にとると便利です.

 香港島は中央にビクトリアパークがあり,ケーブルカー,バス,タクシーで上れます.頂上付近を一周すればかなりの種類が得られます.半日程度の時間の場合にはタクシーで行けば好適な場所です.

大嶼山島は香港島中環のフェリーボート船着場から1時間弱でいけます.また,未開地で谷すじには豊かな森林があり,チョウやトンボが豊富です.島内は交通の便が悪いので,タクシーを利用して廻るのが良策でしょう.

 以上簡単な紹介ですが,東南アジアやオーストラリアへ行かれる途中に香港に立ち寄られる場合には便利な採集地としてご紹介できます.

 ちゃっきりむし No.62 (1984年12月18日)

  短報のすすめ 高橋真弓

 世の中には文章を書くことが得意な人がいますし,また話すことは上手でも文章はどうも苦手だという人もたくさんいます.私はどうかといいますと,もともと文章がすらすら書ける方ではなく,一つの文章をまとめるのにどうしても長い時間がかってしまい,何度も下書きをやり直し,大変苦労します.したがって原稿を頼まれるたびに気が重くなってしまうのです.

 しかし,短報はこれとはちがいます.採集記録や観察記録にごく短い説明をつけるだけのことなので,上のような気苦労はありません.私は,半端な時間があるときには,未発表の断片的な記録をできるだけ短報にまとめておくことにしています.断片的な記録は,いつまでたってもひとりでにまとまることはなく,それを待っていたのでは,結局発表されずに埋もれてしまうことになるでしょう.自分はつまらない記録と思われても,他の人にはきわめて有用なデータであったということも,けっして珍しいことではなく,それは,これまでに「駿河の昆虫」などに発表された多くの報文に,きわめて多くの短報が引用されているのをみても明らかです.

 また,採集記録や観察記録は,適当な雑誌に発表されてから,初めて公式な記録として認められます.○○氏が○○で採集した記録があるとしても,それがただ口頭で伝えられただけであったとしたら,これは正式な記録とは認めがたく,場合によっては「未記録」として無視されることもありうるわけです.しかし,これを短報として発表しておけば,堂々たる公式記録として永久に残ることになります.このような報告は,内容が正確であれば,大学の先生が書いたものでも,学生が書いたものでも全く同格に扱われ,ともに学問の進歩に貢献することになります.

 人間は誰でも不死身ではありません.いつ不慮の事態が起こるかもしれません.その人がいかに多くの調査・研究をして多くのデータ(情報)を持っていたとしても,それが未発表であったら,せっかくの貴重な知見は,その人の死とともに永久に失われてしまうことでしょう.このようなことからも,短報を小まめに発表しておく意味は,計り知れないほど大きいと思います.

 私たちの「駿河の昆虫」には,「インセクトノート」という短報欄があって,発表順に番号がつけられ,すでに1030篇の短報が集められており,まさに「データの泉」となっています.これからもますますこの泉を豊かなものにしていこうではありませんか.