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<Web ちゃっきりむし 1985年 No.63〜66>

● 目 次
 平井克男:珍種と普通種 (No.63)
 小林國彦:OUT  OF  FIXED  IDEAS? ―スギタニルリシジミをめぐって―  (No.64)
 鈴木英文:草原の蝶の分布調査を (No.65)
 杉本 武:昆虫誘引作戦の近況 (No.66)

 ちゃっきりむし No.63 (1985年3月1日)

  珍種と普通種 平井克男

 こういうテーマを見るとにやにやする人がきっと何人かはいると思う.

 モンシロチョウは和名であり,学名ではPieris  rapae  Linneである.ヒサマツミドリシジミは和名であり,学名ではChrusozepyrus  hisamatsusanus  Nagami  et  Ishigaである.ヨツスジハナカミキリは和名であり,学名ではLeptura  ochraceofasciata  Morschulskyである.ヒラヤマコブハナカミキリは和名であり,学名ではEnoploderes  bicolor  Ohbayashiである.それぞれにこれらは尊い種であって,これは貧弱な種であるか否かという相違はない.地球上に我々人間とともに生存している厳粛な種であることに変わりはない.しかしながら,"虫屋"の中では,これは珍種であり,これは普通種であるという見方がされてきている.

 これまでの昆虫図鑑の中にも種の説明とともに珍種とか普通種といった記述が相当あったのも事実である.それが昆虫を求める人の夢とかロマンとなり,行動のエネルギーとなり,今日にいたっていることも否めない."種は種であって珍種も普通種も存在しない"といえば妙であるが,・・・.

 それはそれとして多くの人の研究により珍種が普通種となった例も多い.カミキリムシではネキダリスの仲間のいくつかが,コブヤハズの仲間のいくつかがあげられる.当然逆の場合もあり,とくに水生昆虫のタガメ,ゲンゴロウ,トンボの仲間は,湿地の埋め立てや人為的な環境悪化により珍種というより絶滅の危機にさらされている.

 私の友人H氏は蝶のピエリス属に情熱を燃やす一人であるが(この仲間は普通種とされている),研究のテーマとして取り上げると実に奥深いものがあり感心させられる.また,モンシロチョウが深山で見つけられたら珍種?とされていいかもしれない.珍種でないからといって研究のテーマがなくなってしまうと早計に判断するのは慎まなければならないことである.

 ちゃっきりむし No.64 (1985年7月11日)

  OUT  OF  FIXED  IDEAS? ―スギタニルリシジミをめぐって―
                          小林國彦

 1978年5月2日,当同好会員の稲葉茂氏は,「トチノキあり」の情報をもとに富士宮市上井出林道にアタックし,見事,スギタニルリシジミ1♂を発見されましたが,これにより2年後の1980年4月29日,私の娘と高橋真弓氏と氏の2人のお嬢さんの計5人で,ここよりさらに低地の上井出11番国有林入口付近にて,合計12♂♂を捕獲しました.最初は子供たちに「ルリシジミだよ!」と採ることを促していたのですが,高橋氏がスギタニであると気付いたとたん,子供たちそっちのけで・・・.というのは,付近にはトチノキ,ミズキ,キハダなど,食樹として記録されている植物がまったくないからでした.

 次に,1984年4月18日,大阪の小路嘉明氏により,富士郡芝川町稲子にて3♂♂が採集され,まだ生きている1頭を譲ってもらい,4月25日には自ら1♂を確認しました.この年の春は,多くの蝶類の発生が例年より2週間ほど遅れた年でしたが,今年(1984年)4月3日にはこの地点で2♂♂,さらに上流にて1♂を採集しました.私のこれまでの認識(4月下旬〜5月上旬)と異なり,むしろギフチョウの羽化時期と一致するのではないか?

以上のことから,@食樹,A成虫期についてのまったく枠にはまった考え方を深く反省しています.さらにショックなのは,この両地域は,私が毎年の蝶発生状況を調べに必ず立ち寄るところ,つまりホームグランドなのだから.

 最後に,妙にかぶれたタイトルにしたのは,私のつたない文句を読んでもらわんがための「高橋氏の陰謀」(注1)ならぬ「私の陰謀」なので−す.
(注1)については次の機会に譲ります.

 ちゃっきりむし No.65 (1985年9月11日)

  草原の蝶の分布調査を 鈴木英文

 静岡昆虫同好会は,その創設時から草原性の蝶を主な調査対象の一つとして継続し,会員諸氏の努力によって,静岡.山梨県における分布については,ほぼ分布図ができ上がったといえる.

 しかしここででき上がった分布図が,現在の分布と必ずしも一致しなくなってきている.それは,過去に多産した場所で採集されなくなっているからで,完全にいなくなったとはいえないものの,分布域が非常に狭められているもの,または以前の生息地から移動しているものがでてきた.

 たとえば安倍川流域の山々の尾根すじでは,チャマダラセセリやコキマダラセセリが見られなくなったり,数が少なくなっている.富士山麓ではウスバシロチョウが分布を広げているのと対照的に,アサマシジミ,ゴマシジミ,ヒメシロチョウなどが減少している.また,河川流域のミヤマシジミの分布変化はもっと激しいものがある.

 もともと乾燥草原の蝶は,人為的に草原が維持されている場所をのぞき,植物遷移に従い,生息地を少しずつ変えていくのが本来の姿であるが,これに河川改修や堤防の整備,灌漑設備による草原の湿潤化,植林などによる森林化などの,蝶にとっては人為的な環境悪化が草原性蝶類の分布をより狭めているようである.

 分布を広げている蝶の調査や,新産地の発見ということに比べ,過去には産したが今はいなくなったというような場所の地味な調査はやりにくいものである.しかし,極相林に生息する蝶に比べ,乾燥草原の蝶の分布消長はその何倍も激しいことが予想される.そのためにも過去に記録のある場所での確認調査の報文がこれからは必要となってくることであろう.

 ちゃっきりむし No.66 (1985年11月20日)

  昆虫誘引作戦の近況 杉本 武

 私の勤務する中学校の中庭(300uほど)にいろいろな植物を植えて,昆虫を誘引する実験を始めて15年になる.これについて1976年に本誌に紹介したことがあるが,当初は蝶を主眼としていた.その後,昆虫全般に目を向けて,やってくる種類をリストアップしていると,時々意外なものがやってくることがわかった.

 学校は市街地にあって,国道1号線と東海道線にはさまれており,工場や宅地に囲まれた,自然度の低い環境である.しかし,ここでカラスアゲハが定住し,時々スミナガシが繁殖し,ホソアシナガバチが営巣し,オニヤンマが羽化したのである.私たちはまだ気づかないが,市街地の上空をいろいろな昆虫が移動している.定住地から出たパイオニアが移動しながら新しい生息地をさがしているのである.途中に好ましい環境があると立ち寄って産卵したり,営巣したりする.スミナガシの場合,アワブキを植えたために誘引されて産卵していったのであろう.それにしても,空気の汚れたこの市街地の上をスミナガシまでが移動している事実を知って,そのしたたかさにおどろいた.

 昨年8月と9月にアワブキの葉に計18匹の幼虫が発生した.しかし,大部分は終令になる前にキアシナガバチに見つかって肉だんごにされてしまった.蛹になれたのは数匹にすぎなかった.やはりここではスミナガシの定住は無理であろう.一方,カラスアゲハの場合は,すでに10数年間ここに定住し続けている.食草のコクサギやカラスザンショウの成育がよく,充分にあること,吸蜜植物として,春型用にツツジ類,夏から秋はブッドレアが咲き続けること,成虫の飛翔する空間として,クヌギ,エノキ,ハンノキ,ヤマナラシ,キハダ,カエデなどが小さな林になっていることが定住の条件を満たしているのであろう.カラスアゲハにも寄生蜂やアシナガバチなどの天敵がいるが,いまのところ天敵によって滅びることはない.

 美しい蛾・アゲハモドキが数年前に,ここで2,3世代にわたり繁殖した.成虫は,日中はブッドレアの蜜を吸い,ミズキの葉裏に卵群を生みつけた.幼虫は沢山育ち,蛹は落ち葉の間で越冬した.翌年に3世代目の幼虫が沢山発生したとき,ムクドリに見つかり,根絶されてしまった.このような小さな環境では強力な天敵が現れるとひとたまりもない.数年前にはクロコノマチョウがやってきて,すっかり気に入ったと見えて数日滞在した.アサギマダラもブッドレアに吸蜜していくし,ミドリヒョウモン,オオウラギンスジヒョウモンもブッドレアにやってきた.今年はウツギの葉裏にホソアシナガバチが営巣して,秋には新女王と雄バチが羽化した.オニヤンマが小さな水場で羽化したし,秋にはミルンヤンマも滞在した.

 来年はまたどんな新顔が現れるかたのしみである.