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<Webちゃっきりむし 1998年 No.115〜118>

● 目 次
 加須屋 真:伊豆のトンボあれこれ (No.115)
 杉本 武:春の鳴く虫 (No.116)
 アサギマダラ調査会と再捕獲情報 (No.117)
 北条篤史:ツマグロヒョウモンを探そう! (No.118)

 ちゃっきりむし No.115 (1998年2月28日)

  伊豆のトンボあれこれ 加須屋 真

 それは唐突であった.夏休み中,定期便のように通っていた沢地の調整池に,その日もやってきて,いつものように道路から,一段下がった池をフェンス越しに見下ろした.何頭ものハネビロトンボに混じって,すぐ目の下を1頭だけちょっと違うトンボが飛んできた.ハネビロトンボの仲間には違いないのだが,知っている限りのどのトンボとも違っていた.急いで長靴にはき替え,カメラをひっつかむと,フェンスを越えて池へと降りた.

 沢地の調整池は,当時造成中だった工業団地(現平成台工業団地)の一角に作られた.周囲の道路より一段低く,まわりとの境はコンクリートで仕切られてはいたが,池自体は土を掘ったままで,しかも池のまわりは湿地状になっていて,まさにトンボ誘致の実験池のようだった.まだ工場は一軒も建っておらず,工場廃水が入ってこないので,池の水は澄み切っていた.当然のようにトンボたちがこの池にやってきていた.多くのギンヤンマ,ショウジョウトンボに混じって,少なからぬ数のネキトンボやハネビロトンボが飛び交い,毎日大変な賑わいで,見ているだけでも楽しかった.

 1990年8月27日,この日もいつものように,ショウジョウ,ネキ,ハネビロといった赤色系のトンボがごちゃまぜになって,縄張り争いの最中だった.そしてその中に,例のトンボも混じって飛んでいた.ハネビロとよく似てはいるか若干小さく,また後題の斑紋もハネビロに比べずっと小さい.だが希に飛来するコモンヒメハネビロとも違っていた.この日は一時間ほどねばって,ようやく草に止まったところを撮影したが,雲が掛かるとあっというまにフェンスを越えて,どこかへ飛んでいってしまった.  翌日は良く晴れていた.期待どおり,やはり例のトンボもやってきていた.2時間ほど待って,池の端っこに立てておいた棒に止まったところを撮影した.

 日本未記録種であった.ベトナムあたりから,はるばる飛んできたであろうこのトンボに,テンジクハネビロトンボという名が付いたのは,翌年のことであった.

 余談だが,この発見の日,冗談半分で,「次はオオギンだ」といったが,なんと3日後同じ池で,水面に落ちてハタハタしているオオギンヤンマ♀を採集してしまった. 1991年5月の連休明け間もない土曜日,修善寺の大沢川の支流に入った.前年私はここで,ムカシトンボの羽化殻を採集し,また成虫らしきものも目撃していた.当時伊豆では成虫の記録はなかったようで,なんとしても記録したかった.

 大沢川とその支流との合流点のすぐ上流側に,2軒ばかりの民家があり,それを過ぎると,川沿いに所々に椎茸栽培のほだ木とワサビ田を見ながら,スギ林と雑木林が続く.私はネットとカメラに長靴という,いつものスタイルで,上流に向かって歩き出した.この日,昼からどうしても空けられない用事があり,遅くとも10:30には発たなくてはならなかった.それらしいポイントを中心に,40分程歩くと,車1台が通れるほどの道が終わって,そこから先は踏み分け道が更に上流に向かって続いていた,私は上流を目指したが,流れが小さくなってしまい,ムカシトンボのポイントとは様子が違ってきてしまった.急いで引き返す.タイムリミットが迫っていた.ついにみつからないまま,合流点近くの民家のすぐ手前まで降りてきてしまった.だが民家のすぐ上は,流れの南側が少し開けていて,その向こうに杉林の斜面があり,いかにも良さそうなポイントだ.私は護岸壁から流れを見下ろした.と,その時水面近くから,かなりのスピードで上昇してきたトンボがいた.私の目の前で向きを変えるとそのまま杉林をバックに,対岸の開けた空間を飛び回った.私はネットを構えた.まもなくスーツと目の前の水面近くまで降下した.そして先ほどと同じようなコースを辿って目の前へ.ネットを振る.手応えあり.カサカサと乾いた音がするネットの中に,手を突っ込んでつまみだしたそれは,ムカシトンボだった.興奮で体が震え,満足感で一杯であった.

 狩野川の大仁橋の上流側に,以前から気になっている場所があった.川の流れが割合平坦で,見通しが良く,適当な瀬石がごろごろとしていて,私かトンボなら絶対縄張りを持ちたくなるような感じの所だ.私はこの場所に,東部・伊豆では未記録のアオサナエがいるのではないかと期待をしていた. 91年5月アユの解禁を週末に控えた狩野川を訪れた.国道を横切り,堤防を下り,広い河川敷に生えたススキの間の細い道を通って,流れの手前に出た.視力が大変に良い私は,岸から少し離れた流れの所にある瀬石に,1頭のトンボが止まっているのを見付けた.どうやらダビドサナエやヤマサナエのシルエットではなさそうだ.アオサナエ?私は逃がさないように,慎重に進んだ.アオサナエではなかった.ずんぐりとしたそれは,県内ではもう何年も成虫の記録が絶えていたホンサナエであった. トンボとの遭遇の名場面.そういえるようなものはこのほかにもたくさんある.その中にあって,まだトンボを始めたばかりのこの頃のことは,やはり特別思い出深いものだ.最近以前のような新鮮な感動が,減ってきてしまったように思う.全国で多くのトンボと出会って,感覚がマヒしてしまったかもしれない.だが,ある人に言わせれば,それば年をとった証拠”なのだそうである.

 ちゃっきりむし No.116 (1998年6月10日)

  春の鳴く虫 杉本 武

 虫の声といえば,私たち日本人は誰しも秋を連想してしまう.実際9月から10月にかけて,日本の各地で実に多種多様の鳴く虫がにぎやかに鳴いている.静岡県の平野部では,エンマコオロギ,ツヅレサセコオロギ,ミツカドコオロギ,オカメコオロギ類,マツムシ,スズムシ,カンタン,クサヒバリ,アオマツムシ,カネタタキ,ウマオイ,クツワムシ,セスジツユムシ,クサキリ,カヤキリなどのスタンダードな連中は必ず鳴いているはずである.彼らがなぜ秋に鳴くかといえば,卵越冬,年1化という生活史のパターンをもっているからである.5月から6月にかけて卵が孵化し,そして真夏にかけて幼虫が育って,8月中はころから羽化がはじまり,下旬にはほとんどの種類が鳴きはじめるのである.そして9月に鳴き声の最盛期を迎え,10月末ごろにかけてさかんに産卵をおこなって,やがて一生を終える.つまり秋に鳴く理由は,初夏に孵化かおこなわれるため,幼虫の生育期間が真夏にかかるためである.

 ところが,鳴く虫の中には春から夏にかけて鳴く種類がある.4月ころからさかんに鳴きだすのがキリギリス科のクビキリギスとシブイロカヤキリモドキである.この両種は日本のキリギリス科としては珍しく成虫で越冬する.秋の9月から10月ごろに成虫になり,やがて枯草の中にひそんで冬を越す.春になって夜の気温が15℃位になると鳴きはじめる.早い年では3月中に鳴き出すこともある.クビキリギスの鳴き声はジー……という鋭い声で,長時間鳴きつづける.春の夜に誰しも聞いたことはあるはずである.大顎が赤い色をしているのが特徴である.体色はふつう緑色か褐色であるが,まれに美しい紅色をおびた個体が見られ,珍しがられることがある.

 一方のシブイロカヤキリモドキは,その名の通り渋をぬったような褐色である.これまでに緑色型は見つかっていない.体形はクビキリギスより太短く,大顎の色も黒色である.鳴き声はジャー……と聞こえる.やや濁った大声で,慣れるとクビキリギスの鳴き声と聞きわけることはむずかしくない.両種ともに,好む食餌はイネ科植物の種子や花穂であり,産卵もイネ科の葉鞘の内側におこなわれる.そのためうすく扁平な剣状の産卵管をもっている.クビキリギスの方が草丈の低いイネ科植物,メヒシバ,イヌビエ,エノコログサ,チカラシバなどの茂る草むらに発生するのに対して,シブイロカヤキリモドキはススキの草むらを好むようである.

 春に鳴きだすコオロギ類ではキンヒバリとカヤヒバリがある.ともに成虫や幼虫で越冬し,早いものは3月ごろからさかんに鳴きはじめる.キンヒバリの名は金色をしたクサヒバリという意味で,6〜7ミリの小さな黄色いコオロギである,おもにヨシやマコモの茂る水辺に多く見られる.鈴をころがすような美しい声でリッ,リッ,リッ,リッ,リー…とくりかえす.日中も夜もよくなく.かつて静岡市の麻機沼一帯には広々としたヨシ原が広がっていた.5〜6月に行くと沼全体がキンヒバリの鳴き声につつまれ,それにオオヨシキリ,セッカ,ヒクイナなどの野鳥の声もまじってのどかな水郷の風景があった.

 一方のカヤヒバリは水辺を好まず,丘陵地のススキの茂った草むらや街なかの草むらや公園などで鳴いている.やはり6〜7ミリの黄色のコオロギでキンヒバリと区別しにくいほど似ている.しかしこちらはその名の通りススキに依存した種類で,ススキの茂みで生活し,産卵もススキの葉の主脈の中におこなう.鳴き声はキンヒバリほど美声でなく,濁った声でジージージージー…と聞こえる.羽化後まもない個体は夜間に空を飛翔して移動することがある.そのため,発生地から遠くはなれた市街地の草むらや人家の庭などで,ある日突然に鳴きだすこともある.

 以上のようにこれらの虫がなぜ春に鳴くかといえば,それは成虫で越冬したからにほかならない.要するに成虫になっていればあとは気温さえ高ければ(約15℃以上)いつでも鳴きだすのである.

 ちゃっきりむし No.117 (1998年10月15日)

  アサギマダラ調査会と再捕獲情報

 1998年8月26日,恒例の静岡昆虫同好会によるアサギマダラにマーキングをする調査会が静岡市井川の県民の森で行なわれました.参加者は,朝だけ顔を出された方,集合に遅れたご一家,三重県から旦那様を車で送ってこられた虫屋の奥様の鏡のお方,まで加えまして,14名.笹山下から牛首までの林道を中心に調査したのですが,結局マーキングできたのはわずか28頭でした.15日に天野さんが来たときには数も多かったそうで,今年は季節の進行が早いからもう山を降りてしまったのではないかと考えられます.ところが9月20日に長嶋さんが行ったところまた数が多くて,ただし小さな個体が多かったそうですが,その後また羽化のピークがあったのかも知れません.

 26日の調査会では他にキベリタテハ,ツマジロウラジャノメ,スジボソヤマキチョウ,ヤマキマダラヒカゲ,ミドリシジミなどが記録されました.

HU1418
 8月15日,天野市郎さんが県民の森でHU1418のマークのあるアサギマダラ♂を捕獲しました.これは7月22日に内田孝さんが滋賀県の比良山で放した個体とわかりました.東に214kmの移動記録です.  

HK3246
 8月19日,福井順治さんは水窪町の門桁山でHK3246のマークのあるアサギマダラ♂を捕獲,写真撮影したのち再放蝶しました.この個体は金田忍さんが滋賀県の比良山系の蓬莱山びわ湖バレイで7月13日に放した個体でした.これも東に187kmの移動記録です.

 1993年には8月5日に比良山で放した♂が9月15日に富士川町野田山で再捕獲されています.

 いずれも8月を中心とした記録で,比良山から静岡県へ,ほぼ真東に200km前後の移動です.夏は東へ,というわけでもないらしく,アサギマダラを調べる会の大島新一郎氏からのお便りでは,今年比良山と蓬莱山から京都府長老力岳へという西方向への移動記録もでているようです.

 今年の「昆虫と自然」8月号はアサギマダラ特集でした.また,「アサギマダラを調べる会」では来年1999年にアサギマダラの本を出す企画をたてています.

 ちゃっきりむし No.118 (1999年12月28日)

  ツマグロヒョウモンを探そう! 北条篤史

 静岡において,ここ数年来ツマグロヒョウモンの採集記録や目撃記録が大変に多い.特に安倍川の安倍口団地から天野市郎さんが採集記録を報告されてから安倍川流域では分布が北上して,中流の平野でも秋にはキバナコスモスの花に多数のツマグロヒョウモンが飛来している.

 40年ほど前の静岡における,ツマグロヒョウモンの記録は実に希少で分布は平地には見られず,低山地の山頂などに見られた.例えば,由比の浜石岳で10月に採った記憶がある.他に,有度山(日本平)や焼津の高草山山頂での記録があるが,平地での記録は知らない.この話を,三重県松阪の元締めである「ちゃっかりむし」の中西元男親分にしたところ,「いや,松阪でも昔はツマグロヒョウモンの記録は少なく,それも平地ではほとんど見られなくて,山地での記録だけでしたよ.平地で見られるようになってからどんどん増えて,今では,普通に見られるようになりましたよ」とおっしゃった.僕は,目からうろこが落ちる思いで,そうか松阪も静岡もツマグロヒョウモシが分布を広げる経過は同じなんだ.初めは,迷蝶みたいに秋に飛来して,低山地の山頂などに集まっていて平地に降りてスミレの群落に産卵を繰り返して,定着していったのだ.静岡では,食草のスミレが下線の土手や住宅地などに物凄い勢いで増えたためである.このスミレは高橋具弓さんのご教授によれば,アメリカスミレサイシンと言う外来種のようで,ニホンスミレにとても艮く似ているそうな.

 僕はこのツマグロヒョウモンの分布拡大について,1955年にクロコノマチョウが静岡で採れはじめて,以後に神社などを中心に分布をどんどん広げて現在の広分布に至った過程を思わずにはいられない.両種とも,南方系の蝶で温暖化の影響で,クロコノマチョウは冬の越冬場所を神社や山裾の竹藪や広葉樹林など保温のきく場所に定住して分布を広げた.ツマグロヒョウモンは外来種のスミレの大量繁殖によって分布を広げている.クロコノマチョウの調査報告は毎年大勢の会員から「駿河の昆虫」に発表されている.会員による秋の定点調査によって,静岡県のクロコノマチョウの分布は一目でわかるようになった.

 ツマグロヒョウモンについても,静岡県においてみんなで分布調査をやってゆけば分布の広がりが何処で激しいか,また生息地は山間部や河川部,住宅地などのなかで多い所は何処かといった分布図ができるだろう.

 来年の5月頃から,ツマグロヒョウモンは発生するので,それまでに今年のツマグロヒョウモンの採集記録と目撃記録をまとめておいてはどうでしょう.とくに,目撃記録は標本がないので忘れやすいから見つけたらすぐにメモして置かないと報告できない.僕の場合には,通勤時や運転中などで目撃したのは手帳にメモして日記帳に書き込んでいる.とくに今年は目撃が多い,用宗でも発生していたし,市街地や海岸でも目撃している.そして,迷蝶の記録も多かった.静岡駅のムラサキツバメ,焼津のメスアカムラサキ,リュウキュウムラサキ,天竜川のカバマダラなど,これらはツマグロヒョウモンの大発生と関係があるのかしらん.春夏の採集シーズンの終った秋に迷蝶とともにツマグロヒョウモンを探すのは実に楽しいことではないか.